2010年10月15日金曜日

三つ巴紋と猿田彦

猿田彦が祀られている神社に三つ巴紋はないものと思っていましたが、
三重県鈴鹿市の椿大神社が三つ巴紋であることを知りました。
猿田彦と椿(つばき)については、古賀登氏による長大な論文がありますが、
それについては後日述べるとして、なぜ猿田彦を祭神とする神社に
三つ巴紋が付けられたのでしょうか・・
こういった重層性とも云える現象は猿田彦に関する事象に
よく見られるのですが、それはそれだけ猿田彦が古くから
各地に大きな影響を残したからだと思われるのです。
サルタヒコは特定の人物名ではなく、ニギハヤヒや玉依姫などのように、
ある民族グループの代表的世襲名だったものと思われます。
そして事ある時々に、天孫降臨の道案内をした代表者がいたり、
南西諸島に居たときには塩土老翁(しおつつのおじ)とされたり、と
人々の記憶に残っていったのではないでしょうか。
また、サルタヒコの死因が溺死で、その原因が海に潜っていて
大きなシャコ貝に挟まれたという言い伝えもその一つの出来事だと云えます。
シャコ貝はサンゴ礁の海域に生息するので、日本では沖縄近辺となります。
昨日述べたように、私見ではサルタヒコ族が最初に日本に上陸したのは
鹿児島県南西部の阿多隼人の地としましたが(地図参照)、
サルタヒコ族のルーツを西アジアとした場合、
その後 インド南部経由で東南アジアに至り、南西諸島を経て
鹿児島に入ったことになります。



この神社は、ここ篠山で唯一猿田彦が
祀られている居籠神社(いがも神社)
風前のともし火で
地元の人にも忘れ去られようとしています


2 件のコメント:

高口定雄 さんのコメント...

私の居籠神社(いがも)についての注目ポイントをご参考まで。


1.猿田彦が祀られている
2.篠山市郡家には小字「猿目」がある。
3.丹後一之宮の「籠神社(この)」に、接頭語「い」(尊称もしくは霊威を表す接頭語)を付加してあると考えられる。

    http://www.motoise.jp/about/

  また、末社ではあるが、猿田彦神社をお祀りしてある。
  さらに、当神社についてのホームページ記事で「佐田」=「猿田」の推測も可能である。
  「大貞」も同類の可能性

「猿田彦神社(さるたひこじんじゃ)
当社に祀る猿田彦神は古来、大世多大明神(おおせただいみょうじん)と呼ばれ霊験あらたかですが、大佐田大明神の意であろうと云われています。」
  
4.丹後一之宮付近にも、篠山市と同様な地名がある。
  1)丹後一之宮から約3kmに、与謝郡与謝野町岩滝小字「穴虫」
  2)丹後一之宮から約6kmに、宮津市「木ノ部」
  3)丹後一之宮から約6kmに、宮津市猟師「下黒部」

5.丹後も鑿頭型鉄鏃の文化圏である。

高口定雄(茨城県日立市)


田中清人 さんのコメント...

ありがとうございます!
重ね重ねお礼申し上げます。

居籠の籠を籠神社と結び付ける意味はあるように思います。
どちらもサルタヒコに深い関係があるのでは・・
籠神社の祭神の天火明命は海幸彦と山幸彦の神話に登場する海幸彦(火照命)と
同一人物と思われ、塩土翁(シオツツノオジ)はサルタヒコのことでもあります。
この重層性がいつも気になるところでもあるのですが、
さらに跳躍すれば、籠神社近辺での羽衣伝説と浦島太郎伝説は
宇宙人の交流ともとらえることもできるのです。
かぐや姫説話(大人になり、月からの使者に従って月に戻る)もそうなのですが、
羽衣伝説については琵琶湖の北に位置する余呉湖近辺に伝わるものを
ブログで紹介したことがあります。
http://kiyond.blogspot.jp/2010/01/blog-post_04.html

浦島太郎説話には、丹後国「風土記」逸文によるものは
明らかに宇宙レベルでの話になっています。
http://www.asukanet.gr.jp/tobira/urashima/urashima.html#fudoki
話が脱線してしまいましたが、サルタヒコに関係がある地には
白髪という神社や山もあります。
滋賀県のサルタヒコの本拠地ともいえる高島市にある白髪神社と
篠山の出雲神社の近くにある白髪岳ですね・・