2010年6月22日火曜日

碧玉と九鬼水軍 その16 

昨日紹介した銅鏡の銘文の
「八月日十大王」を
「八月日下大王」とする説は
ちょっと無理があるように思います
減筆で画数を減らしたとしても
「下」は「十」にはなりませんし
「八月日」という表現は刀の銘にはよく見られるのです
刀に年紀を入れるようになるのは
鎌倉時代中頃だと思われますが

一つの例として
これは鎌倉時代の名工
景光(かげみつ)の短刀ですが
「元亨(げんこう)三年三月日」
と年紀が入れられているものです
元亨三年は西暦1323年


こちらは室町時代の備前(岡山県)の名工
盛光(もりみつ)の太刀(たち)
「応永二十三年十二月日」の年紀
応永22年は西暦1415年


これは江戸時代中頃の名工
一竿子忠綱(いっかんし ただつな)の刀
「元禄十二年八月日」
元禄12年は西暦1699年

このように、銅鏡の銘文「八月日」
と同様の表現がなされています
このようなことは古来から踏襲されてきた
ことは充分に考えられるのです


刀の年紀には他には
このように「十月三日」と日付を
入れる場合もあります


そしてこの「十二月吉日」
これは日本で好まれる表現で
刀に限らずよく見受けます

2 件のコメント:

  1. 刀の銘を見ると作者と時代背景がよくわかります。
    時代が現代に近いと私が筆で書くよりも楷書で上手に彫られていますが、平安時代の刀では草書のような字で判別に苦労する銘もあります。
    理由として3点あると思います。
    1)字がへた、あるいは労働者のため識字率が低い
    2)時代のはやり(楷書でなく、草書)
    3)作刀数が多く、手がしびれてうまく書けない。
    歴史を重ねてきた御刀が最近所有者が亡くなる際警察に提出され、溶鉱炉に入る数が増えていると聞きます。
    警察も気を利かせて、美術館に寄贈してくれたらいいのに等と刀の手入れをする度に思います。

                   源 信正

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  2. コメントおおきにです。
    作刀数が多く、手がしびれてうまく字が書けない
    というのは説得力がありますね。
    鎌倉時代や室町時代の戦乱時にはかなりの数を打っていたでしょうからね。
    今のように機械製のハンマーもありませんし・・
    私も仕事で鉋かけばかりやったときは
    手が震えて字を書けないことがあります。

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