2011年10月21日金曜日

丹波篠山出土 弥生時代の砥石

いま、篠山市立歴史美術館で
「発掘が語る丹波篠山」展が開催されています

建物は旧裁判所で、和風の立派なものです


 展示スペースはそれほど広くはありませんが
充実した内容で、見応えがありました


篠山の出土物で初めて目にしたのが
この弥生時代の砥石です
三釈迦山古墳群のなかの桂ヶ谷遺跡から
出土したものだということですが
この遺跡は篠山市味間(あじま)北にあります
この地図は以前、10月6日のコメントで
紹介したものですが
篠山にある三つの諏訪神社の
ほぼ中央に位置しているのは
やはり何か意味があるのでしょうか・・
味間という地名については
以前、ブログで少し触れたことがありますが
ニギハヤヒと関係があるのです

砥石のこととは話が外れてしまいましたが
この石は京丹波亀岡に産する青砥と
よく似ているようにも見えます

またまた話が変わりますが
これは時代が下り古墳時代の須恵器です
下の特殊扁壺も以前紹介したことがありますが
これが出土した箱塚4号墳は
味間から北に5kmほど離れた所にあります
これもニギハヤヒと繋がりがあるような気がします

2 件のコメント:

  1. 地図を見てると篠山とは古代から重要な交通路の交差点であったことがわかります。
    福知山線・国道76・国道372は古代でも
    重要な路線であったはずです。
    新しい三角の中心を見つけました。
    慎ケ峰を中心に、岳応寺・弘誓寺・八柱神社が囲んでいます。
    古代より小高い丘は防衛拠点として重要な場所です。それを囲むように上記の寺社が配置されている。
    三角は重要な意味を持っているのでしょうか?

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  2. >慎ケ峰を中心に、岳応寺・弘誓寺・八柱神社が囲んでいます。
    なるほどそうですね・・・
    この森自体も三角形ですが、この森の西北の端には島姫神社があります。
    http://g.co/maps/6eh3d
    島姫神社の印を付けておきましたが、この神社には小さな祠しかないのですが
    他に役小角(えんのおずぬ)の石像が立てられています。
    この森一帯は最近まで修験の行者さんがいたので
    昔から修験道の山だったのかもしれません。
    修験道と鉱山は深い結び付きがあるので
    元々は鉱脈を探し求めて山に入ったのだと思います。
    島姫神社の西に位置する白髪(しらが)岳一帯は昔は銅の採掘が行われていたようです。
    白髪という名が付けられているように、
    この地は銅鐸文化圏でサルタヒコと深い関係があります。
    滋賀県高島市の安曇川近辺(高島市拝戸)に鎮座する
    水尾(三尾)神社では、古代史文書の一つである秀真伝(ほつまつたえ)が
    発見されていますが、この神社にはサルタヒコが祀られています。
    その近くに白髪(しらひげ)神社があるのは何か暗示的なものを感じます。
    http://www6.ocn.ne.jp/~kiyond/kameyama.html

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