2011年8月21日日曜日

明治十年第一回内国勧業博覧会に出品された砥石


明治10年に東京上野公園で開催された
第1回内国勧業博覧会の展示品の
砥石について書かれた解説本を紹介しておきます
この内、中砥、仕上砥と荒砥について
こちらで表にしてみました

他の画像はこちらで紹介しています
別タブ、又は別ウンドウで開くと
大きな画像を見ることができます
















4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

タイムマシンがあったら博覧会に行ってみたいものです。
聞いたこともない砥石のオンパレードですが、当時の砥石は安かったんですね!
超仕上げ砥石の鳴滝や、内曇はなかったんですかね?
博覧会に出すほどのものだから、一級品と思いますが。
奈良時代の昔から年貢のかわりに砥石が出されるほど、砥石は生活に密着していた貴重品だったからこそ、の出品ですね。
ちなみに、江戸時代の裕福な時代の長崎の歩道用板石は、天草砥石を使っていたそうです。
雨が降っても適度な摩擦力があり、浸透力もあるため、坂の長崎にはピッタリです。
やっと静かになりましたが、お盆の期間はお墓で爆竹や花火をし、フィナーレの15日には精霊流しで賑やか爆竹の嵐のなかでご先祖を送り出します。
10月7,8,9にはお宮日(オクンチ)があります。
機会が有りましたら是非長崎にもお越しください。

         源 信正

kiyond さんのコメント...

展示の様子をなんとか知りたいものですね。
当時の写真でも見つかるといいのですが・・

鳴滝を含む京都梅ケ畑地区の砥石は
江戸時代になって徳川将軍家の達しにより
本阿弥家に独占権が与えられていたので、その影響が
明治になっても残っていたのかもしれません。
唯一、「梅ケ畑村裏大津具山」産のものが
出品されていますが、これは現在大突と呼ばれている
産地だと思われますが、この産地は江戸時代初期の
諸国名産の砥石として挙げられている高尾砥の
ことかもしれません。
ここだけは本阿弥家の縄張りの外だったのかも・・

匿名 さんのコメント...

地味な砥石に関して、報告書を調べてみました。
http://www.human.niigata-u.ac.jp/~abc/20050111.pdf

http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/801859/3

http://www.ndl.go.jp/exposition/s3/index.html

http://www.archives.go.jp/exhibition/popup_jousetsu_19_2/0706_09_01.htm

残念ながら写真はありませんでした。

特殊砥石はその地方の特産物として保護されていたことが伺えます。

最近では優秀な人工砥石ができてきています。
御刀研磨にも仕上げ、最終仕上げには無理でもその前段階までは、十分使えるものが出来ています。
倉庫にある段ボール一杯の天然の天草砥石をどうしようか悩んでいます。贅沢な悩みですよね。
           源 信正

kiyond さんのコメント...

ありがとうございます。
砥石問屋跡の発掘報告は大変興味深いです。
5000点近い未使用の砥石が出土したとは驚きです。
ぜひ実物を見たいものですね。