2026年4月28日火曜日

タルコフスキーと発句 そしてサクファイス


旧ソ連の映画監督タルコフスキーは
日本文化にたいへん興味を持っていて、
日本語版「タルコフスキイの映画術」では
松尾芭蕉matsuo-bashoや
弟子の宝井其角takarai-kikakuの句を
紹介している。
ここで興味深いのは、タルコフスキーは
俳句のことを発句hokkuと紹介しているのだが、
結論を言うとタルコフスキーは正しい。
俳句という言葉は明治時代に
正岡子規が創り上げたもので、
芭蕉の時代には俳句という呼び方はなかった。
芭蕉自身は自分のことを
俳人と呼んでいたようだが、
俳句という概念はなく俳諧と呼ばれていた。
また当時は数人による連歌(連句)が主に行われ、
最初に誰かが発句として
「五・七・五」の歌を詠み、
続きとして他の者が「七・七」の脇句を詠む。
これが交互に繰り返され繋いでいくものだった。
それが芭蕉によって発句だけが独立して
詠まれるようになったようだ。
タルコフスキーは芭蕉の有名な句
「古池や蛙飛び込む水の音」を紹介していて、
タルコフスキーがロシア語で書いたものは
「Старый пруд.
Прыгнула в воду лягушка.
Всплеск в тишине.」
これを日本語版では
「古い池 蛙が水の中に飛び込んだ 
静けさの中の音」
と訳されている。興味深い。
また、芭蕉の弟子其角の句
小夜時雨 隣へ這入る 傘の音
も紹介されているのだが
これを松倉嵐蘭ranranの句
とされているのは解せない



タルコフスキーは日本の生け花ikebanaや
盆栽bonsaiにも興味を持っていて、
このタルコフスキー映画のサクリファイスにも
日本の盆栽を彷彿とさせる場面が登場する。

サクリファイスの一場面
木を植えているところ

その後、子供が水をやる場面


セットを作っているところ
枝ぶりを修正し別の枝を
付け加えているところ

左の人物がタルコフスキー
生け花の要領か・・

タルコフスキーが尊敬していた
レオナルド・ダ・ヴィンチの絵

これはボスHieronymus Boschが描いた木

同じくボスの絵

ゴッホも同様の絵を描いている

2026年4月26日日曜日

忝ないの語源 そして貝殻

 

江戸時代に出版された塩尻百巻から
「忝ない(かたじけない)」について。
カタジケナシという言葉は本来は
「アリカタシオホケナシ」というそうで、
この言葉からアリとオホを略して
カタジケナシという、と説明されている。
知らなかった
カスタマーハラスメントを
カスハラと言うようなものか・・
以下、画像の文を読みやすいように
整理したもの。
「俗に物の有りかたく覚ゆる事を
「かたしけなし」といふ。忝(テン)の字
辱の字を用ゆ(中略)。
辱は耻(恥)也、悪也、汚也等。字註あれとも
物のありやすからぬをいふ事見えさるにや。
知る人考へよ。儀礼の集補に車ニシテ
送拝ムカヘテ辱其註カタジケナキシを考ふるに、
諸公賓と相為ナル時其国君来賓を郊労すとて
車に乗りて郊門迄出て、他國の君の自屈
辱して来るを謝すと見えたり。
是、其、辱むかふの人(はずかしむ向こうの人)
に有てこなたより謝するをいふ也。
今の人何事も自(オノズカラ)かたしけなく
存るなんといふはあたらさる歟(カ)。
但し人の労を謝するは意かなへり。
カタジケナシといふ言又解しかたし。
歸命本願抄要解に此和語の心は
「ありかたしおほけなし(ありがたい、
身の程を知らない)」といふ義なるへし。
アリとオホとを略してカタジケナシと
いふなるへしと云々。」

造物神お気に入りの模様か・・
同じようなパターンを
違った種類に使い回している



こちらはイチョウガイ



この部分は折り紙のように
折りたたまれている
まったく驚かされる

2026年4月23日木曜日

ポルトガルギターの製作に取りかかる

 


これから製作するポルトガルギターの
響板と裏板



横板とネック材

糸巻き

そしてミミガイの種類
アワビとトコブシ



2026年4月22日水曜日

角盥の角を接着 そして楾の改造


角盥の角(取っ手)を仕上げたところ

少しでも強度を増すために
ダボを入れた

そして接着



こちらは角盥とセットになっている
角盥に水を注ぐための楾hanzo
楾として作られたものが
後に注ぎ口を外し改造されたものに
再度注ぎ口を付ける





出来上がり


AIさんに使っているところを描いてもらった

2026年4月20日月曜日

かめたろーがやってきた

宝貝で作る亀のキット
かめたろー






貝殻をカットしてみた



ガチャポン巨大アリとコラボ