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2026年3月29日日曜日

AIさんはくずし字は苦手 そしてしショイヒツァー

 

この光悦書の色紙の歌は
夏の歌なのか秋なのか
GoogleGemini先生に質問したら、
「まず、書かれている和歌を読み解くと
以下のようになります。
​「松の葉の 弱(よわ)らむほどを 見んために 
秋くるごとに 祈りこそすれ」。
これには驚いた。まったく違う。
実際の読み下しは「道のへの くさの青葉に 
駒とめて 猶ふる郷を かへり見るかな」。
AI先生の変体仮名やくずし字の読解力は
まだまだですね。間違いを指摘したら、
素直に認めるところはカワイイ。
そして季節については
「和歌において「青葉」は
春の新緑が深まり、力強く生い茂る
時期を指す夏の季語です」と教えてくれた。

GoogleGemini先生の名誉回復のために
バロック時代後期の神聖自然学者
ショイヒツァーが描いた
アンモナイト化石の図を再現してもらった。
こういったことはAIさんは得意ですね。
しかし、図の真ん中のアンモナイトは
ドーナツ状、というのは理解できない・・

ショイヒツァーが出版した
旧約聖書の図版から
創造の神よる海の生物の創造場面

アンモナイトのような生物もいる

これはショイヒツァーが発見した
ノアの方舟伝説が事実であることを
証明するための化石
ノアの大洪水のため死亡した
当時の人間の化石としたが
後の生物学者により
大きなサンショウウオの化石
であることが判明
ショイヒツァーの信頼は失墜したが
後に翻訳家となり
西洋での最初の日本旅行記が
英語で出版される際
原文のドイツ語を英語に
訳す仕事をすることに相成った
皮肉なことに、ショイヒツァーが
発見したサンショウウオの化石は
日本に棲息している
オオサンショウウオに近い種類
だということが判明
その化石を日本から西洋に
持ち帰ったのはかの
シーボルトだったのてす
ショイヒツァーから
140年後の出来事でありました

日本のオオサンショウウオ

アミコケムシ


フキノトウと一緒に

ムスカリとアミコケムシ

八重咲水仙

2025年4月28日月曜日

平家とペルシャ そしてゴジラ

平家物語の平氏は謎の民と
されているが
ペルシャ系だったのではないか
という説もある
平清盛の全盛期、安芸守akinokamiになって後
厳島神社の改修などを
行っていて、後に平家納経を
納めたりもしている
その厳島神社の狛犬や収蔵物には
西アジア、シュメールの影響が
濃いものが見られるので
平家はペルシャ系人種だった
可能性はあるように思う

厳島神社収蔵の狛犬


シュメールのスメラ山脈出土の
獅子

イラン(古代シュメール)
ハルマル出土の獅子
獅子と狛犬について述べた頁

厳島神社収蔵の打楽器
右は奚婁(けいろう)
左は振鼓(ふりつづみ)で
デンデン太鼓のようなもの


おなじみのゴジラ

背中に水晶を付けてみた





2023年12月30日土曜日

小振りの刃物研ぎ そして太鼓を叩く天使

 

小振りの刃物研ぎ14丁


こちらは古いイタリアの土産物
太鼓を叩く天使

こういった絵も
15世紀に描かれている

日本で言えば
雲中供養菩薩のようなものか・・




謎解き鳥獣戯画なる本を買ってみた
新潮社のトンボの本は内容はいいのに
装丁が自分の趣味に合わないので
いつも買うかどうか迷う
今度のものもカバーが気に
入らないので外したが
トンボの本は中身の表紙も
殺風景なので・・自分で書いた

見返し部分

12世紀〜13世紀に描かれたとされる
鳥獣戯画は甲乙丙丁と四巻あり
甲巻きが有名だが
他の巻きもいろいろ興味深い
甲巻きと丙巻きに描かれている
カエルは作者が違うような気がする


乙巻きにはこのようなものも
描かれている


因みに、この猫は
レンブラントが描いたもの
餌の器には骨しか入ってないせいか
機嫌が悪そう・・

2023年12月18日月曜日

デコピン そして弥勒菩薩

 

京都にある広隆寺は
7世紀に聖徳太子のブレーンであった
秦河勝hata-no-kawakatsuが
建立したとされていて
これまでに2回焼失している、とされている
一説によると、元々の広隆寺は窓がなく
大きな入口が一つだけの構造で
中には景教の黒い十字架が
一つ置かれていたらしい
それを裏付けるように
広隆寺の弥勒菩薩像の右手の指の様子は
中国の敦煌で発見されている
景教の大司教画と同じで
またキリスト教のキリスト画にも
同様のものが見られる
聖徳太子と秦河勝は
キリスト教ネストリウス派ともされているが
それを裏付けることでもあるのか・・・
はたまたデコピンの元祖か

中国敦煌壁画 景教の大司教


大谷翔平くんの愛犬の名はデコピン


2023年12月14日木曜日

有元利夫の銅版画 そして奴奈川姫


有元利夫のエッチング

同じ版で作られたもの
表現の違いが興味深い

これは九州の最北端に位置する福岡県の志賀島shika-no-shimaから江戸時代に発見されたとされる金印。「穴師兵主神anase-hyozu-no-kami の源流」という本に目を通していたら、万葉集の「ちはやぶる 金の埼を 過ぎぬとも 吾は忘れじ 志珂の皇神」という和歌が紹介されていた。
この金が金印のことだとしたら、話がややこしくなるが、万葉集が成立した8世紀頃に、すでに志賀島に金印が存在していたことが一般的に知られていたとも捉えることができるのでは・・


このことは翡翠hisuiで作られた勾玉magatamaにも言え、昭和の初め頃までは日本の古代遺跡から出土する翡翠は海外からもたらされたもので国産のものではないとされていました。
それが、万葉集にある歌「渟名河(ぬなかは)の 底なる玉 求めて 得まし玉かも 拾ひて 得まし玉かも 惜(あたら)しき君が 老ゆらく惜(を)しも」から翡翠は日本にも産するのではないかと推測され、新潟県の糸魚川で翡翠の原石が発見されたのです。
現在では兵庫県や長崎県からも産出することが分かっています。




奴奈川姫像
上に紹介した万葉歌の渟名河は
奴奈川とも書かれ
奴奈川姫は中国の神仙思想に
登場する西王母
と同一とする説もあります

wikipediaで紹介されている
西王母

銅鏡にも鋳込まれている