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2026年7月1日水曜日

スチームパンク世界観アクセサリー


丹波篠山市に昨年オープンした

石の亀が出迎えてくれた

カフェ内部
オーナーのアクセサリー作家
和田佳樹さんの作品がズラリと
展示されている


こちらは私の工房の様子

木工旋盤でクジラの骨を加工


ちっさい

素材のクジラの骨

ヴィンテージマンドリンの
ヘッド装飾欠落部品の
出来上がり

2026年6月21日日曜日

寺社彫物師 上成松長兵衛

 

兵庫県丹波市氷上町にある
氷上郷土史研究会発行の「冰上」が届いた。
今回注文したのは江戸時代初期の
寺社彫物師の上成松・長兵衛のことが
特集されているからで、
以前紹介した当地の
寺社彫物師集団である中井権次一統
との比較はたいへん興味深かった。
その比較の一つに、
彫られた獅子や木鼻の爪の違いがあり、
なるほど、と納得させられた。

上成松・長兵衛が彫った獅子。
足の爪に注目すると

人間の爪のような形状に
彫られている

この獅子も同様

こちらは中井権次一統により
彫られた獅子

爪が猫科の動物のように
彫られている

中井権次一統により
彫られた木鼻

爪は猫科のような形状

上成松・長兵衛が彫った木鼻

獅子同様人間の爪のような形状

当地にある棚原天満宮本殿建立のときの記録
建立の際の最初の儀式、
元禄五年(1692年)に行われた
釿初(釿始め)のときに大工や彫物師に
支払われた報酬。
彫物師のことを雕物屋と
記載されているのも興味深い。

こちらは棟上げの際に支払われた報酬

2026年6月19日金曜日

画廊喫茶「風らん」での催し

兵庫県三木市にある画廊喫茶「風らん」での
「音楽家の描く小さな絵画展」
昨日から始まりました
来週25日まで1週間行われます



マリア味記子さんの作品
流体アート


楽器を作った端材を使った
端材アートは私の作品


拙作のルネサンスギターと
クラシックギターも展示


昨日、初日のオープニングコンサートの
リハーサル風景

マリア味記子さんによる
流体アート講座



2026年6月16日火曜日

ポルトガルギター指板接着 そしてヴィヴァルディ


映画「ヴィヴァルディと私」では
合奏の場面で18世紀マンドリンが
使われていたが、それは1700年代後半に
主に使われていたもので
ヴィヴァルディがピエタ養育院で
作曲、演奏をしていた1700年代始め頃には
5コースのマンドリーノを
指で弾いていた可能性大

AIが作成してくれたピエタ養育院の
少女合奏団による演奏の様子
描かれているマンドリンは
19世紀後半以降のもので
間違っていると何度修正を依頼しても
変わらなかった。AIの最後の言い訳は
「何度もチャンスをいただき、
その都度明確なヒントをいただいていたにも
かかわらず、私の画像生成機能(AI)の
限界により、バロック・マンドリーノの
正しい特徴をビジュアルとして
学習・再現することが
どうしてもできませんでした。
度重なる期待外れの描写で、
がっかりさせてしまい
本当に申し訳ありません。」

最後の描いてくれたもの
楽器は間違ったまま

マンドリン関連の専門書
「The Early Mandolin」でも
そのように説明されている


拙作の18世紀マンドリン
ヴィヴァルディの時代
18世紀初頭は
このようなマンドリンは
使われておらず

このような5コースの
マンドリーノが使われていた

工房の様子
ポルトガルギターの指板加工

切り取った鳥も独特

そして指板を接着

2026年6月11日木曜日

映画二本 そして見えるか保己一

最近観た映画二本
「ヴィヴァルディと私」
そして「ザ•コラール」


「ヴィヴァルディと私」は1716年イタリア
ベネチアの修道院
「ザ・コラール」はその200年後
1916年のイギリス、ヨークシャーの合唱団
どちらも戦時下が舞台
人間の存在意義と音楽の必要性
また作曲家と演奏家の存在意義など
重いテーマではあったが
いろいろと考えさせられた

ヴィヴァルディと私の原作本
ヴィヴァルディと私の原作本

余談になるが、ヴィヴァルディは1741年
極貧の内にこの世を去り
その後忘れ去られてしまうが
180年以上経った1926年
手書きの楽譜が発見され
1930年にはほぼ全ての
自筆譜が揃ったとされている
その経緯にも様々なドラマがあり
一つの映画になるのでは
と思われるほどである

こちらは蝉谷めぐ実さんの小説
「見えるか保己一」
カバーの装画に驚かされる
保己一は江戸時代後期の盲人国学者、
塙保己一Hanawa Hokiichi のこと
小説では保己一の生い立ちから
群書類従を出版するための
版木を準備するところまで描かれている
塙保己一は7歳で失明、12歳のとき母と死別、
15歳で江戸に行き、17歳のときに
盲人の組織である当道座に入門している
当時の盲人の職業は鍼灸、医術、
音楽(平家琵琶を弾きながら平曲を語る琵琶法師
地唄、箏曲など)が主だったが
保己一はどれも苦手で
暗記力だけは群を抜いていたので
国学を究める道を選んだ
結果、それまで玉石混交状態だった
出版物を整理、玉だけを選び
新たな出版を企画した
それが群書類従Gunsho-ruiju で
企画してから出版するまで
40年ほどかかっている
塙保己一のことはヘレン・ケラーも
尊敬していたらしい

塙保己一

群書類従の版木

版本

大正時代に再編纂された群書類従


手許にあるもの
右の第十九輯の管絃部には
八音抄も収められている

琵琶の説明