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2026年6月11日木曜日

映画二本 そして見えるか保己一

最近観た映画二本
「ヴィヴァルディと私」
そして「ザ•コラール」


「ヴィヴァルディと私」は1716年イタリア
ベネチアの修道院
「ザ・コラール」はその200年後
1916年のイギリス、ヨークシャーの合唱団
どちらも戦時下が舞台
人間の存在意義と音楽の必要性
また作曲家と演奏家の存在意義など
重いテーマではあったが
いろいろと考えさせられた

ヴィヴァルディと私の原作本
ヴィヴァルディと私の原作本

余談になるが、ヴィヴァルディは1741年
極貧の内にこの世を去り
その後忘れ去られてしまうが
180年以上経った1926年
手書きの楽譜が発見され
1930年にはほぼ全ての
自筆譜が揃ったとされている
その経緯にも様々なドラマがあり
一つの映画になるのでは
と思われるほどである

こちらは蝉谷めぐ実さんの小説
「見えるか保己一」
カバーの装画に驚かされる
保己一は江戸時代後期の盲人国学者、
塙保己一Hanawa Hokiichi のこと
小説では保己一の生い立ちから
群書類従を出版するための
版木を準備するところまで描かれている
塙保己一は7歳で失明、12歳のとき母と死別、
15歳で江戸に行き、17歳のときに
盲人の組織である当道座に入門している
当時の盲人の職業は鍼灸、医術、
音楽(平家琵琶を弾きながら平曲を語る琵琶法師
地唄、箏曲など)が主だったが
保己一はどれも苦手で
暗記力だけは群を抜いていたので
国学を究める道を選んだ
結果、それまで玉石混交状態だった
出版物を整理、玉だけを選び
新たな出版を企画した
それが群書類従Gunsho-ruiju で
企画してから出版するまで
40年ほどかかっている
塙保己一のことはヘレン・ケラーも
尊敬していたらしい

塙保己一

群書類従の版木

版本

大正時代に再編纂された群書類従


手許にあるもの
右の第十九輯の管絃部には
八音抄も収められている

琵琶の説明


2026年5月21日木曜日

土門拳展 そしてポルトガルギター製作

 

久しぶりの植野記念美術館


この建物は総御影石造りで
外観を眺めるだけでも元気が出る


館内は撮影禁止なので
30年ほど前に手に入れていた写真集から
作品を少し紹介
展示されている写真は大きなもので
この大きさでどこまで細かいところまで
確認できるのだろう、と期待していたが
実際はピントが合っているところでも粗く
ボケていてちょっとがっかり
仏像の鑿跡などもボケていて
仏師の刃物研ぎの技術などは
伝わって来なかった






こちらは工房の様子
製作中のポルトガルギター
横板(インド産ローズウッド)の鉋がけ


曲げた後、ネックと接着


2026年5月16日土曜日

タルコフスキーギター弾き歌い そして波ガラス

 


旧ソ連の映画監督
タルコフスキーの日記に
掲載されている写真
自宅で寛ぎギターを弾きながら
歌っているタルコフスキー

GoogleGemini先生にカラー写真に
加工してもらった

これは石の表面

ゴッホの絵のように見える

ゴッホの絵

大波のようなガラス作品

北斎が描いた大波のよう



手前はムラサキガイ

二枚貝の繋ぎに革の丁番を接着

雨合羽のように見えたので
猫ベコに掛けてみた

2026年5月3日日曜日

東賀津絵さんの絵と芸術の書

西洋人の感性と
日本人の感性
左はモディリアーニの彫刻作品の
レプリカ


ジョットの流れを汲む画家の
チェンニーニの著書、「芸術の書」。
これは中村彝tsune
(1924年大正13年に37歳で逝去)が
結核の病床で進めていた未完の訳稿をもとに、
美術史家の藤井久栄氏が補筆・完成
させたものとされていて、
1300部限定で刊行された。


中村彝の自画像も掲載されている

目次の一部


14世紀の画家
チェンニーノ・チェンニーニの作品。
右は教皇聖グレゴリウス1世、
左は聖ニコラウスとされている。

Kazue Azuma のサイン

中田蔵書の印と
1973年  東賀津絵 のサイン

東賀津絵さんの作品