匠家必用記中巻より
三章と四章の
三章と四章の
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三 素戔嗚尊清地に宮を建給ふ事
素戔嗚尊は上に云ごとく、諸神の逐(やらひ)によりて遂に出雲国簸(ひ)の川上に天降り給ふ。其地に八俣の大蛇(おろち)ありて稲田姫を害せんとす。素戔嗚尊是をきき給ひ、忽(たちまち)いつくしみの御心を起し給ひて、其苦を救ひ給はんと欲し、大蛇を退治せんことをはかり給ふ。先あしなづち、てふづちをして毒酒を造らしめ、大蛇にあたへたまへば、大に酔てねふる。其とき、そさのおのみこと帯し給ふ十握(とつか)の剣(つるぎ)を抜て大蛇をずだずだに斬給ふ「此剱を天羽々斬の剱と云。又は虵(おろち)の麁正(あらまさ)共号(なづ)く。今備前国赤坂郡石上魂神社に祭る。又は大和国石上の神社い祭るともいへり」。其尾に至て剱の刃すこし缺ぬる故、割て見給ふに霊異なる剱あり。天のむら雲の御剱と号く
「是三種の神宝の一つなり。景行天皇の御宇東にぞ賊徒起りしとき、皇子日本武尊此御剱をもって発向し給ふに、賊徒畏恐(おぢおそれ)てことごとくなびきしたがへり。国平安となりしこと此剱の御徳也。神を木にたとへて一柱、二柱といふ。万民を草にたとへて、あおひとくさといへり。かるがゆへに、此つるぎをくさなぎの剱といふ。草なびきの中畧なるべし。今尾張の国熱田の神宮におさむ」。素戔嗚尊、今奇異の剱を得て私に持えきことにあらず、太神へささげ奉り、天下の重宝となさんとおぼしめして、天照太神へ上献し給ふ。此とき稲田姫をめとりたmひて、宮地求給はんと欲し、出雲国清といふ所にいたり給ふときに、素戔嗚尊、御心もやはらぎ清浄の心にたちかへりたりとおぼし召して、吾心清清之(すがすがし)と自(みずから)の給ふ也。則この清という所、清浄なる地によって宮殿を造営して住給ひ、ほどなく御子大己貴命(おほあなむちのみこと)を生(あれま)し給ふ。この御宮も手置帆負命、彦挟知命の造りたまふものなり。
四 大己貴命日隅宮を建立し給ふ事
天照太神御孫、天津彦火瓊々杵尊(あまつひこほのににぎのみこと)を芦原の中津国の主とし給はんとおぼし召て、経津主尊(ふつぬしのみこと)、武甕槌命(たけみかづちのみこと)二神に詔して豊芦原の中津国を平げしむ。二神、出雲国へ降り給ひて大己貴命に対面し、太神の詔の旨を仰られしは、国を皇孫尊(すべみまのみこと)へ譲べし。汝は天日隅宮を造りて住むべし「日隅宮は今の杵築大社(きづきやしろ)也。今より後は神事をしらすべき也。宮造りの制は、柱はふとく高く、板は広く厚きを用ゆべし「杵築の大社は余の社よりも大なるは此謂也」。其外、高橋、浮橋、天の鳥船を造りて海に遊ぶの具とすべき也。番匠神は手置帆負命、彦挟知命を定べし「日本記に紀伊斎部(いんべ)遠祖、手置帆負命を定て笠縫とし、彦挟知命を盾作(たてぬい)とすといへり。元正天皇養老年中に一品舎人親王、日本記をゑらみ給ひしとき、此二神の裔(はつこ)、紀伊国、名草郡、御木郷、麁香(あらか)郷(ごう)に居住し故、其先祖の神をさして紀伊忌部遠祖と書給ふ也」。天目一箇命、金工と定給ふ「上にもいふごとく、是鍛冶の祖神也。此とき宮入用の金物を造り給ふなるべし」。大己貴命、此
詔(みことのり)をうけ給りて、其御子事代主命ともに太神の勅命にしたがひ、事ゆへなく国を皇孫尊に授給ふ。則大己貴命の持給ふ所の広矛を二神に授給ひて曰(のたまはく)、吾(あれ)此矛をもって国を治るに功あり。今、皇孫尊、此矛をもって国を治め給はば、かならず平安なるべしと、の給ひて隠去給ふ。二神此矛を請取給ひて、天照太神へ此由を作上られける「此段大己貴命出雲の大社を建立し給ふこと、かくのごとし」。