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2011年12月30日金曜日

伊予砥二種を使ってクロム鋼の鉋身を研ぐ



You Tube にUPした動画の画像を紹介しておきます

最初に使っているのは
新たに入手した伊予砥(中砥)
やや柔らかめで良く反応します
粒度は#600ほど





次に京丹波亀岡・岡花産青砥
これは今年の春、森砥石さんから
分けてもらったものです
これまで多くの青砥を使ってきましたが
これは最も優れていると感じます
粒度は#1000~1200ほど






次に目が締まっている(目〆)伊予砥で
青砥の傷を消していきます
粒度は#1500ほど






仕上研ぎの最初は京都新田産の巣板
良く反応し、刃物を選ばず使える優れものです






最後の鏡面仕上げは
京都梅ヶ畑中山産と思われる
たいへん優れた浅黄仕上砥です
この砥石は播州(兵庫県南部)
大工さんが長年使っていたもので
厚さ1cmほどまで減っています
この硬い砥石がここまで減るには数十年
代々使われてきたものと思われます


2012年4月28日土曜日

最終中研ぎ用天然砥石


中研ぎの最終段階として使う天然砥石を
今いろいろと試しているのですが
ようやく目的に叶うものと出合えたようです
これまで、粒度#1000程の中砥の後に使う
ものはどうしても2種類使う必要があったのですが

今回さゞれ銘砥から届いたこの伊予砥ならば
これ1種類で済ますことができそうです
同様の伊予砥はこれまで5本ほど
手に入れてきましたが
なかなか満足できるものに
出会えなかったのです・・ 





私はできるだけ早く研ぎ上げたいので
研ぎ面の幅は10mm以下にしているのですが
上のもののように5mmほどの研ぎ幅だと
これに反応してくれる目〆系の中砥には
なかなかお目にかかれないのです

この鉋身は初代・佐野勝二作の寸八
鋼は昔の優れた青紙鋼と思われますが
刃先の強靭さは手持ちの鉋の中でトップクラスです
しかも研ぎ易いので、今は仕上げは
この鉋ばかり使っています


この目〆系の伊予砥は
目起こしをすればかなりの研磨力があり
しかも短時間でほぼ研ぎ傷が見えなくなるまで
仕上げることができるのです
これには大変助かります





これは白梅銘の昔の東京鉋・寸八
鋼は甘めの白紙鋼と思われますが
切れ味軽く、驚くほど永切れします
1枚刃の中シコ鉋として重宝しています
昔の東京鉋は鋼が薄いものが多いのですが
これは特に薄くなっており
鎬に見えているところで1mmありません
研ぎ面の幅は8mmほどですが
これでも目〆系の天然中砥には
なかなか反応してくれないのです

目起こしをして精一杯研いで
こんな感じです・・


2013年1月14日月曜日

古い会津鉋、重時銘寸六を研ぐ


古い会津鉋、重時銘寸六を研いだ
動画をUPしました

今回二度目の研ぎになりますが
試し削りで刃先がかなり
摩耗していたので
最初は荒めの伊予砥を使いました
粒度約800

刃角度を26度ほどに修正しているので
研いだのは刃先から5mmほどです
鋼(おそらく東郷ハガネレイ
号)が強靭なので
砥石の反応が鈍いのが分かって
頂けると思います
この伊予砥では途中目起こしをし
砥泥を出して研ぎました

次に丹波亀岡・岡花産青砥
(粒度約1200)を使いました
この砥石も通常の刃物には
良く反応するのですが
今回の研ぎでは鈍い反応でした
動画でお分りのように
以下どの砥石にも同様の反応です


仕上げ研ぎは丹波亀岡産の
3種類を研ぎ比べてみました
最初に使ったのは丸尾山産巣板・黒蓮華


そして一本松産砥前


そして先日紹介した大内産仕上砥


最終仕上げはこれも先日紹介した
京都梅ヶ畑・中世中山産仕上砥


2012年1月26日木曜日

会津砥・青と裏大突内曇砥で二種類の鉋を研ぐ


YouTube にUPした動画の
画像を紹介しておきます

最初に使っている荒めの
伊予砥(愛媛県産)

こちらは粉末ハイス鋼の寸六(動画

同じ砥石で研いだ
玉鋼の古い鉋(動画

これは小鳥
おどり砥:岐阜県産)



そして青い会津砥
(福島県産)
この砥石は今では
ほとんどお目にかかることができなくなりました
ここ数年、少しずつ
掘られていた
ということですが
昨年の大震災で
掘ることが
出来なくなってしまった
そうです



参考までに、この鉋身は
粉末ハイス鋼の寸八ですが
刃先角度を修正中で
研ぎ面は3mmほどしかなく
ほとんど鋼だけを研いでいる状態です
このような研ぎの場合
中研ぎの人造砥は
反応が悪く
目起こしをしても
なかなか研げないのですが
この会津砥でしたら
目起こしをすれば
よく反応するのです
これは以前紹介した但馬砥もそうでした
このように、人造砥は
研磨力はあるのですが
場合によっては
天然中砥の方が
優れていることがあるのです

仕上研ぎの最初の段階
中継ぎとして
京都・裏大突産の
全面にカラスが入った
内曇砥を使いました
文字どおり
カラスのような模様が
入っているので
このように呼ばれていますが
このような砥石は
仕上砥石層の各層の
境目に出るということです
カラスが入っていると
研磨力はあるのですが
砥当たりにザラザラ
したものがあり
私は個人的には
好きではありません
因みに、通称
幽霊カラスのように
カラスの輪郭が
ぼやけているものには
このようなことはありません
動画で使っているものは
部分的に巣の嚢のようなものが地鉄(じがね)に当たるので
それを避けながら研ぎました
そこのところが動画でも
お分り頂けると思います



次に産地不明の仕上砥ですが
この砥石は
硬いにもかかわらず
よく反応し
たいへん研ぎ易い砥石です
鏡面に仕上がる
最終仕上げ砥石です

この砥石は、地鉄との相性が
悪いと地を引くのですが
この二種の鉋身もやや地鉄を引いています



こうして研ぎ上げた
粉末ハイス鉋・寸六で
ローズウッドの薄板を
削ってみました(動画
刃角度は27度ほどで
堅木を削るにはやや
低いのですが
ローズウッドでしたら
大丈夫です

厚みを減らすための
削りですから
刃を多めに出していますが
ほぼ逆目も止まっています


これくらいの削りでは刃先は
ほとんど変化はありません

2011年6月23日木曜日

砥石を切る

さゞれ銘砥さんから
切り跡の付いた砥石の画像を
提供頂きましたので
「砥石を切る」を再掲します

天然砥石は中砥にしろ、仕上砥にしろ
風化した石なので硬いものではありませんが
いざ切るとなると一筋縄ではいきません
私はディスク状のダイヤモンドカッターで
切っていますが、それでも硬めの仕上砥は
なかなか大変です

 これは仕上砥石ですが
側にはカットされた跡が見えます
これは円盤状の鋸のようですが
円弧が直線的なので、鋸の径は
かなり大きそうです
この電動の丸鋸を使って砥石の加工が
為されるようになったのは昭和の戦後から
のようですが、それ以前は手挽きの鋸が
使われていたそうです


これは手挽きの鋸で切られた仕上砥です


これは江戸時代の硯(すずり)職人の図ですが
砥石もこのような鋸で切られていたということです
硯にされる石は粘板岩ですから
砥石と同様の硬さのもので、硬度は3~4です
焼きが入った鋼はがねは硬度は6ほどですから
鋼で砥石を削ったり切ったりという
加工はできるということになります
これが翡翠など硬度7以上の石になると
鋼の鋸では切ることができせん(参照

上の図を見ると、鋸の形状から推察して
鋸の刃は切るというよりも弾力で石を
削り飛ばして溝を付けていくという感じがします
そういえば、私の砥石の師匠のところの
電動丸鋸は、刃は前挽き大鋸おがのように
大きく粗く、回転がゆっくりで、ガツ ガツ ガツと
砥石を切るというよりも削り飛ばす
という感じで切っていたのを思い出しました


この画像はさゞれ銘砥さんから
提供頂いたものですが
砥石採掘の師匠(今年76歳)の父にあたる
16代目親方による挽き跡だそうです
機械作業とはいえ、かなり大変な作業だったようです


現在では挽く機械や鋸の性能は良くなっている
ようですが、さざれ銘砥さんでは
この挽き跡を実現するために
鋸の刃に工夫をされているということです


昔の機械と違って挽き跡がなめらかで
側の層がよく確認できます

我々は何気なく砥石を使っていますが
陰ではこのように様々な工夫と
苦労が為されていることを思うと
砥石に恥じない仕事をしなければと
身が引き締まるのです


以下、さざれ銘砥さんの説明
(文責はブログ管理人である田中清人にあります)

画像の挽きかけ原石は、16代親方が伊予の挽き機械の技術を買い、大きなGC(グリーン・カーボランダム)で挽いたものです。黄色のむしろ肌でよく肥えた硬質で見事です。何馬力かはわかりませんが、動力を据えていた基礎も馬鹿でかかったです。このあと全鋼鋸に、次ぎチップ鋸になりました。GCは層理がよく確認できたので好評でしたが、手間や採算的に埒が明かなくなって、今の挽き方に至ります。現在のものは十六代GCにできるだけ似るようにあつらえてもらったものです。それで、写真にあるような「よろい石」の層理が良く見えます。

GCとは金剛砥石やグラインダーに使われているもので、炭化珪素という硬度9か9,5の研磨剤の砥石です。廉価でかつ硬いのでちびなくていいのですが、炭素が半分ですので、鉄の研磨において鉄側に炭素が吸い取られ、ぶよぶよなものに化学変化しますので 研磨剤の角がちびやすくなります。それで黒い砥石(硬い砥石)は、滑る感がして発熱も多くなります。焼入れ前の刃物の力押し研磨に使われることが多いですが、砥石が相手だと、炭素云々は関係ないと思います。
WAはやや高価で、酸化アルミなので鉄と影響し合いませんから、よく削れて刃物の研磨では熱も持ちにくく
とてもいいのですが、硬さは劣るので減 りが早いです。

昔は鍛冶屋のレース台に収まるくらいの尺から尺五程度のGC製の丸鋸で、屋根の上に大樽を置いて水を落としながら泥んこになりながら挽いていたと聞きます。
水間府から小屋の屋根まで12mはありまして、水を溜めるために難儀したそうです。17代親方が小学生高学年のころ、樽の栓をし忘れてお父さんの16代長寿氏にポコポコに叩かれたとおっしゃっておりました。
当時、伊予(愛媛県)の方が機械化は先進で、伊予砥採掘の関係者がマシンの特許を持っており、ここから買うことになったようです。伊予の場合は2~3尺の大きな丸鋸で挽き、昭和後期の終わりまで全鋼鋸式でした。

因みに、17代親方は今年76歳になり、オバQにとても似ています。この一言に尽きます。自分でも「オバQみたいなおっさんがよぉ・・」とおっしゃってます。今は腰の骨を折って歩くのがやっとで元気ありません。一言で言うと、映画になってもいいころあいのハチャメチャ破天荒人生の方ですね。たしか道具曼荼羅にどっかんと載っています。
現在の挽き場から尾根を挟んで向こうに住んでいらっしゃいます。槌で矢を叩いているのが聞こえるくらい近いそうです。遠回りになりますが、まともな舗装の道を歩いて行っても5分かからぬくらいなので、たまに、いい石や、鍛えのやり方の正解不正解を採点いただきに寄ります。

上の石を切ったのは、親方の父親で長寿さまです。たしか、昭和43年没です。16代目になります。そのまた父に当たるおじいさんは常二郎さまで昭和12年くらい没です。六尺(1m80cm)をゆうに超える方で、お相撲のスカウトがよく来たそうです。

長寿様の弟に、奥殿や菖蒲谷高山・菖蒲長四郎・木津山で有名な「うしのすけ様」が砥石の家督を継ぎ、菖蒲砥石銘でとても有名であると思います。
その息子さんが健寿さまで、引退は昭和でしたが、ついこの間お亡くなりになりました。今はそのまた子供の代になりますが、皆さん床屋だったり大工だったりと違う職で、よく山に遊びに来てくれます。

GC挽きはとても石の層理が美しく確認できるので、よかったのですが、コスト高になるので、工場が向ノ地町から高鼻町に移動したときにはもうやめになってたそうで、実働期間は5年あるなしとか。高鼻町は最後に露天ブルで引っかいた中山のところを山越え通りはさんで南側の農地にあった工場になります。
畑中資本一本になる前の、値の張るクラスの中山には、全鋼挽きの後に、わざわざ磨いてつるつるにした石があります。たしか、丹波の檜山資本での加工の石などで、よく見かけました。

写真の赤い「よろいの石」は、だめな砥石の見本です。
こういう「よろい石」を安く買ってきて、これに色つきのカシューを塗り、値段を変身させて・・という・・業者さんもあります・・
高山は鉱脈が愛宕系統になり、一級落ちますが、良く中山に変身していますね。


2018年4月3日火曜日

義廣銘の鉋を入手

ある方のご厚意で
義廣銘の鉋身を
手に入れることができました
左のものがそうで
サイズは寸六(身幅62mm )
本物の義廣に切り銘のものが
あるのかは分かりませんが
身の造り込みは
古い雰囲気があります
 右は義に一の刻印が打たれた
寸四外丸鉋
義と一の刻印が離れて
打たれているのが謎ですが
義の字だけの刻印銘もあるので
義廣鉋の可能性も否めません

刻印銘を拡大

千代鶴是秀写真集に
掲載されている義の一字銘
刻印の字体は違いますね

参考までに
これは義廣刻印銘
道具曼陀羅に掲載されているもの

これは手許にある
田圃義廣の二寸鉋
揚羽マークもはっきりしています

身全体の様子
義廣は三代まで続いたようですが
これは後代のものと思われます

さっそく研いでみることにし
まずは切り銘義廣のベタ裏を
刃物砥ぎ用ディスク
グラインダーで適当に修正

こんな感じですか・・
あとは裏押しを終えてから
再度修正します

こちらは義一刻印銘の方
外丸鉋だったものを平鉋に変え

裏を出してみました
比較的容易に裏が出たので
鋼の焼き入れは甘めのようです

これで良しとします

裏押しを行い、砥ぎ上げてみました


使った砥石たち
左端はシャプトン
「刃の黒幕」320番
その右は荒めの伊予砥
そして羽黒砥
右の2丁は砥取家さんから
お世話になった仕上砥で
左は一本松・戸前
右端は丸尾山の硬口白巣板
上の左は最終仕上げに使った
硬口の菖蒲産蓮華巣板
その右は裏の返り取り専用の
仕上砥で
京都梅ヶ畑、中山産の硬口戸前

砥ぎ上げた切り銘義廣・寸六
研いでいると鋼の強靭さを感じ
仕上砥で砥ぎ傷を消すのに
やや苦労しました
炭素鋼系ですが、ヤスキハガネの
白紙1号を研いでいるような
感じを受けました
地鉄(じがね)はローモール錬鉄
でしょうか・・

刃先の拡大画像
(ピンボケお許しを)
刃先がやや乱れていますが
仕事で使うには全く問題ない
レベルです

こちらは義一刻印銘・寸四
焼入れが甘めの影響か
鋼の薄さの影響か
砥ぎ易い鋼でした
地鉄は和鉄と思われ
古い日本刀の地鉄のような
趣があります

甘めの鋼にもかかわらず
刃先がこのように乱れるのは
玉鋼によく見られる状態です
同じ砥石を使って砥ぎ上げても
甘い鋼は(硬度が低く柔らかい)
上の切り銘義廣に比べ
仕上げ砥石の砥ぎ傷が
深く付いています