2011年4月22日金曜日

千代鶴是秀と運寿是一

HPの「日本刀について」で述べている
石堂運寿斎是一の短刀が今回の篠山刀剣会で
鑑定刀として出されました





写真では分かりにくいですが
地鉄じがねは大変美しく
新々刀期のものとは思えず
大阪新刀や肥前刀と見紛うほどでした
刃文はもんの匂いは深く(刃文が太い)よく揃い
刀工の腕の良さが表れています
新刀期の大阪新刀や肥前刀の刃文にくらべると
やや刃文の明瞭さに曇りを感じますが
匂いの深い丁子刃文に沸にえ
付けることができるのは
江戸石堂派ではこの運寿是一だけだそうで
幕府の抱え工になったのも頷けます


 運寿是一は奉納刀も多く打っているということで
これもその一つのようです
この添え銘は何と読むのでしょうか
「出石石医命」でしょうか・・判然としません

後記:コメント欄でご教示頂いたように
これは「奉 出石侯命」が正解だと思われます
くずし字辞典で「侯」のくずしにこの字が紹介されていました


中心なかごの棟側には
嘉永七年ハ月日と年紀が切られています
(嘉永七年は西暦1854年)

「日本刀について」でも述べていますが
刃物鍛冶で有名な千代鶴是秀(明治七年生まれ)
父親(二代目綱俊 運寿是俊)の弟
つまり是秀の叔父(八代目 石堂寿永)は
石堂運寿斎是一の弟子です
是秀はこの叔父に入門しています
是秀が入門した頃は石堂是一も健在だったので
是秀はおそらく両人から指導を
受けていたものと思われます
ですから、是秀の打った刀が古刀として見られた
という逸話も本当かもしれません

参照:千代鶴是秀作鉋身


4 件のコメント:

下り藤 さんのコメント...

この字は、“侯”でしょう。
出石侯すなわち出石藩主の命(注文)によって
是一が作って奉納したという事だと思います。
あるいは“奉”は、出石侯に収めたという意味かもしれません。
 
                 

田中清人 さんのコメント...

下り藤さん、コメントありがとうございます。
なるほど、「侯」のくずし字にありました。
出石侯の命令により奉納したと読むのが自然ですね。
ありがとうございました。

下り藤 さんのコメント...

田中清人 様

何か、エラそうな書き込みをして失礼致しました。
“なんでも鑑定団”に千代鶴是秀が出たので
検索してみて田中様のホームページに出会いました。
白崎秀雄の『千代鶴是秀』も古書価が大変上っていて、人気の程が偲ばれます。
私も7年前からの日刀保の会員で、去年退職したのを機会に支部にも入会し諸先輩方と楽しく勉強しています。
転勤で神戸にいた事があり(震災も経験しました)、姫路には仕事でよく行きましたし、出石にも行った事があります。
前に、イタリア在住でバイオリン製作をしている刀剣愛好家の日本人の方のホームページを見た事があり、この度も楽器製作者で刀好きの方に出会え嬉しく思っています。
田中様のお名前の“清人”ですが、私は斎藤清人が好き(特にその純朴な性格が)で、10年程前に彼の脇指を入手し、それが私の一番好きな愛刀となっています。
長々と自分勝手な事を書き、失礼致しました。
又、田中様のホームページを訪問させて頂きます。
ご健勝をお祈り申し上げます。

               下り藤拝

田中清人 さんのコメント...

下り藤様
とんでもございません。
今後ともご教示宜しくお願い致します。
私の清人は「きよと」なのですが
篠山刀剣会の仲間は皆「きよんど」と呼びます。
そういうこともあって工房名もKiyondにしています。
篠山刀剣会は発足後12年ほど経ちますが
清麿一派のものは栗原信秀しか拝見したことがなく、
その地鉄の美しさが際立っていたことを記憶しています。
なんとか一度、本家や清人を拝見したいものです。