2016年8月13日土曜日

鴨稲荷山古墳と双魚紋

いま滋賀県にある綣(ヘソ)と鈎(マガリ)という
地名について調べているのですが
その副産物とも言えるものを覚書としてUPしておきます
上の報告書はは大正12年(1923年)に発行されたものが
昭和51年(1976年)に復刻されたもの

鴨稲荷山古墳がある旧・水尾村は
サルタヒコに関係の深い滋賀県高島市にあり
現在は高島市高島町鴨という地名になっています


鴨稲荷山古墳から出土した双魚紋の佩Hai
双魚紋については、以前ブログで何度か述べていますので


これは滋賀県の三上山(近江富士とも呼ばれている山)付近の
古墳から出土している魚紋の鏡
「着銀製魚」というのは銀で象嵌しているのでしょうか・・
魚の形に色が付いているのは
魚の形が分かり易いように、こちらで画像処理したもの

これは福島県南相馬市鹿島区寺内・小池地域にある
真野古墳から出土している双魚紋の佩

その復元品

滋賀県と福島県の古墳から
同じようなものが出土していることに
興味を覚えます

これは水尾村の鴨古墳から出土した沓(履・Kutsu)の図
魚形の飾りが付けられている


これは奈良県の藤ノ木古墳から出土した沓(履)の復元品
水尾村出土のものと同様の魚形の飾りが付けられている

そしてこれは朝鮮半島の古代新羅(韓国・慶州)の遺跡
天馬塚から出土している銙帯Katai
に付けられている魚形の飾り

金冠と銙帯の全体の様子

杏葉Gyoyoと呼ばれる装飾用馬具

これも馬具の飾りで
説明では蝶形とされていますが
これはどう見ても鹿と思われます

そして金製の指輪

新羅から出土している指輪と同様のものが
福岡県の沖ノ島からも出土しているのが興味深い
これは新羅製とされている

杏葉も出土している
これも新羅製とされている

以上のことを少し考察すると
古墳時代は新羅系の民族によって
日本列島は支配されていた
ということになりそうですね・・
そうすると、白村江の戦い(663年)で
唐・新羅連合軍に日本が敗れたというのは
矛盾していることになる・・
それでは新羅系ではなく伽耶系ということになるのか・・謎・・


魚紋は世界各地で見られるが
双魚紋はペルシャ、インド、そして東アジアで散見される
ついでにちょっと調べてみたら
このようなものが見つかった
隼人紋のような流水紋は
日本の銅鐸にも見られるのが興味深い(参照


ヨーロッパでは双魚紋は見られないようだが
人魚の尾が双になっているものはあった
由来が知りたいところ・・
星座の魚座には双魚宮というのがあるが・・
それからギリシャ神話にも登場するらしい(参照




0 件のコメント: