磨工室瑣談という叢書から、浄教寺砥について書かれたものを現代語風に読み下して紹介しておきたいと思います。
磨工室瑣談 二 浄教寺砥について
陸軍一等看護長 松本操
浄教寺砥(陸軍では浄見寺砥と書き慣わしてきたが、砥石の産出地では浄教寺砥とされているので、以下この名称を使うことにする)は石質はやや粗く、刀剣類の研磨で主に中研ぎとして使われている。浄教寺砥には三種類あり、赤砥を最上品とし、真正の浄教寺砥と呼んでいる。
赤砥 上等品
薄赤砥 中等品
浄教寺砥を産出する土地は福井県足羽郡一乗谷村浄教寺というところで、他の土地では産出しないということである。
一乗谷村浄教寺は福井市から西方約15kmの山地で、有名な足羽川流域に位置する。道路は比較的良く、通常は自動車の通行があるが、視察した時は積雪が多く道路の除雪が困難で、福井市内以外は警察署より自動車通行禁止令が出された状態であった。砥石産出場までの順路は、足羽川左岸の堤防を遡り約8km進み、稲津橋を渡り東郷村を経て山脚の迂回道路に入り、目的地である浄教寺に到着した(福井駅より約3時間を要した)。
浄教寺砥は福井県下の物産としてはごく少量であるが、その販路は全国的に普及していて、現在、平均年産は約380トン~570トンで、主に東京、大阪、名古屋方面の問屋に販売しているということである。砥脈がある山の持ち主は一乗谷村の吉田意佐雄氏で、他には砥石山を所有している人はいないそうであるが、今から約50年前には今立郡河田村付近で同地に住む伝九郎という者が若干の砥石を採掘していたということだが、現在は全く行われていない。
採掘現場は今立郡、大野郡、足羽郡の郡境、海抜360mほどの地域で、山の所在地は浄教寺字砥谷12号3番地とされている。採掘作業は毎年降雪期を過ぎ付近の雪解けを待って開始され、その年のおおむね12月中旬まで続けられる。この期間に採掘運搬貯蔵されたものは雪解けするまでの冬の間、自宅で形造りをした後、各地に搬出される。採掘作業に要する人夫は、本業開始の際に持ち主は常雇い人夫として約30名、臨時人夫として約20名(臨時人夫は土地の者で、副業的人夫)、計50名の人員を雇い、組となって採掘作業を行う。採取する砥石は大板(1枚が3.8トン位のものもあるという)のまま途中まで軌道運搬をし、そこから自宅まで手車や馬車で運び、土蔵や納屋に格納する。これらの実況は前述したように作業閉塞期だったので詳しく視察することが出来なかったのは残念である。
地層は砥石質を含む岩石によって周囲を包囲され、12段の分割層を成している。図のように砥石層6段と粘土層6段が交互に層となっており、一つの砥石層の色あいや砥質は全く同じものであるということである。つまり、薄赤砥石の層はすべて薄赤色の砥石が採れ、白砥の層はすべて白色の砥石が採れるという訳である。このようになっている地層の砥石を採掘するためには、まず通例として、爆薬で包囲している岩石を破砕し砥石層の表層面を現した後、十字鍬や鋸などを使って上層から順次下層に切り込んでいき、粘土を排除しながら1層ずつ貫き取っていく。一割の穴の深さは18m~27mほどに掘り下げるため水分が多く、排水装置の必要があるため、現在では隧道(トンネル)式に改め、排水溝を設けている。
浄教寺砥は山の持ち主である吉田意佐雄氏の話によれば、今から450年ほど前(朝倉時代)に発見されたものだということである。 発見当時の状況についていろいろと伝説があるそうだが、氏が幼少の頃に父親が亡くなったため確かな話を聞くことが出来なかったということである。発見されてから50年ほどは地元民が鎌研ぎなどに使っていた程度で、他に知られることはなかったが、その後(400年ほど前)ある刀剣師が知ることになり、試した結果、良好なことが認められ、しだいに諸藩の刀剣師に用いられるようになった。
現在の営業主である吉田意佐雄氏の先代である治郎松氏の時代は採掘事業の全盛期で、年産約1140トン~1520トンを産出し、専ら京阪、東京、金沢、その他各地の専売局(支局を含む)、問屋などに販路を求め、一時は専売局指定商人として相当の蓄財を成したが、時代の進歩に伴、しだいに世間一般に金剛砂(人造砥石)を用いるようになったため大きな打撃を負い、永年取引をしてきた専売局指定商人を止むなく解除されることにもなった。それ以来、十数年来の生産は全盛時代に比べ著しく衰退し、約三分の一に減少した。従って、現在では本業を農業に転じ、農閑期の副業的事業として営んでいる。しかしながら、浄教寺砥は各地の要求によりどれだけ採掘しても底を突くことはなく、またこのような砥石は他にはないので、吉田意佐雄氏は楽観的である。
4 件のコメント:
勉強になりました。
有難う御座いますm(_ _)m
参考になりましたら幸いであります。
砥石はどこで買えますか?
赤常見寺砥石は柳田刀剣研磨HPで販売されています。問い合わせてみて下さい。
http://samurai-sword-museum.com/habiki.htm
コメントを投稿