古来から製鉄あるいは鍛冶を行う人々が信仰の対象としてきた神に、前回紹介した兵主神(ひょうずのかみ)の他に「天目一箇神(あまのまひとつのかみ)」と「金屋子神(かなやごのかみ)」があります。古来から優れた砂鉄が採れることで有名な、播磨西部(兵庫県)千種(ちくさ)地方では、金屋子神は「カナイゴサン」と呼んでいたそうです。これは、古来から朱の原料である朱砂が採れる地域にある丹生(にう)神社を、播磨地方では「タンジョウサン」と親しみを持って呼んでいるのと同様の呼称だと思われるのですが、それだけ地元の人たちにとっては身近なものだったことが想像されるのです。因みに、朱砂は赤色の顔料として縄文時代から使われていいる朱、そして鍍金に欠かせない水銀の原料でもあるので、古来から重要な鉱物資源でありました。
そういうことですから、丹生神社は全国各地に存在し、
150カ所以上はあると云われています。丹生の「丹」も赤いという意味があります。丹生神社の代表的なものとしては紀伊国(和歌山県)の丹生都比売神社が挙げられますが、比売という字が付くくらいですから、もちろん祭神は女神である丹生都比売(にうづひめ)であります。ここのところに私は大変興味を惹かれます。話をちょっと戻しますが、古代の朱砂産地として記録されているものとしては、古いところでは続日本紀に、近江国(おうみのくに・滋賀県)に金青を献上させたこと、また伊勢国(三重県)には朱砂と雄黄(硫化砒素)を、常陸(ひたち・茨城県)・備前(岡山県)・伊予(愛媛県)・日向(ひゅうが・宮崎県)は朱砂、安芸(あき・広島県)・長門(ながと・山口県)には金青と緑青を、豊後国(ぶんご・大分県)には真朱を献上させたということが記録されています。