2010年10月12日火曜日

天の逆鉾と猿田彦

鹿児島県霧島に聳える高千穂の峰の頂上に「天の逆鉾」が突き刺さっています。これを違った角度から見たものが下の写真ですが、顔の正面の裏側にも同じ顔があることが分かります。
両方の尖った鼻を持ったこの人物を加治木義博氏は猿田彦ではないかとしているのです。 この逆鉾は出ている部分が約1,5mあり、その他の部分がどれくらいの長さがあるのか不明のようですが、いつの時代のものかも分かっていないようです。
加治木氏はこれを、神功皇后が新羅を討った際に新羅王の門に突き立てた矛であるとしているのですが、これにはちょっと無理があります。日本書紀では、神功皇后が杖としていた矛を突き立てたとされているので、大きさから云ってもちょっと納得できません。それに、もし新羅王の門に突き立てたものだとして、朝鮮半島からこの鹿児島県の山の頂上までどうやって移動させたのでしょうか・・
その必要性は何だったのでしょうか・・。
私はこの逆鉾を見て、中国三星堆遺跡から出土している青銅器を連想したのです(参照)。



2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

確かに独特な顔の表情はプレ中国文化の遺跡の顔ですね。
霧島は記録を見たら古代から現在まで活火山だと言うことがわかります。
http://www.pmiyazaki.com/kirishima/kazan.htm
霧島の噴火記録です。
742年は隼人族の没落・大移動に大きく影響するのではないか?
邪馬台国の東進も記録以前の大噴火により、生活環境悪化・・・影響のない大和地方に移住。
このように考えたほうが素直なのかも。

また、龍馬云々でも有名になりましたが、これは、既にレプリカの状態の可能性が高く、オリジナルが青銅としてもその寿命は露出状態とすると、200年が限度か。
表に出ない山守(隼人族の子孫)がいて、彫刻を再現してるのかも知れません。
        源 信正

kiyond さんのコメント...

霧島岳の火山噴火と隼人の移住は大いに関係がありそうですね。

私は、中国殷時代と時代的にそれに続く三星堆の、
青銅技術を持った民が沖縄経由で阿多隼人の地に
入って来ているのではないかとにらんでいます。
三星堆遺跡から出土しているタカラガイを模した玉製品がその証拠品です。
当時の宝であるタカラガイを求めて、大産地の沖縄諸島を
伝って・・
今の中国が海底資源を狙って尖閣諸島を徐々に自分の領土に
しているのと同じか・・
しかし中国という国は自国発行の地図で1960年代まで
尖閣諸島は日本の領土としていたのに、
その後平気でそれを書き換え福建省に入れ
以前の地図を焚書してしまっています。
古代でも同じようなことが行われたことは想像に難くありません。