コガネムシの歌
こちらは鎌倉時代末に
描かれた白鳥(一遍聖絵)
この時代にも白鳥が見られた
というのは知らなかった
同じく一遍聖絵から
富士山
こちらは
江戸時代末の画家
田面の不二(富士山)
水が張られた田に
富士山が映っている様子
逆さにすると分かりやすい
最後に
これらは今読み進めている本
「ことば」と「こころ」を通して人間の意識のしくみと進化を追及しておられる岡ノ谷一夫博士の書評「脳に心が読めるか?」はたいへん興味深い。
こういったテーマだから当然、形而上と形而下の境を探ることになるのだが、古今、哲学者を悩ませてきた大問題でもある。デカルトはキッパリと切り捨て、カントはそれが芸術である、というところまでは見抜いたが判断力は及ばなかった(シラーが指摘している)。へーゲルは美学で芸術の発展段階を説いたが、人間を絶対的精神の顕現として扱ったところに私は衝撃を受けた。
ベルクソンは、形而上と形而下の境目にあるものを人間の記憶と見抜いた。失語症の症状の膨大な資料を精査し、結果、記憶は脳にはない、と驚きの論文を世に発表する。私はこれで「上がり」なのでその後どうなるのだろう、と案じていたが、その経緯が写真のベルクソンの論文「物質と記憶」に関する本3冊である。
もう1冊「イニシエーション」は、100年ほど前のハンガリーの女性、エリザベス・ハイチという人が書いた不思議な体験記。この女性はピアニストで、美術家でもあり、第二次大戦後スイスに亡命し、そこでヨガ・スクールを設立をした人。
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