神奈川県に旅立っていったのですが
注文をして下さった方が
その琵琶のことを近所の氏神様に報告に
行かれたのだそうです
先般説明したように
この平家琵琶の撥面には
木曽義仲に因んだ絵を描いたのですが
なんと、報告に行かれた神社の宮司さんは
木曽出身の方で
その地は木曽義仲の菩提寺が
ある所なのだそうです
これには驚いてしまいました・・
こんなことがあるのですね・・
さっそく写真集を購入しました
写真集のプロローグから・・
「子供の頃 夢中で読んだ小人や妖精の物語
不思議なことが大好きだった
誰に教わったわけでもないのに
宇宙に向かって感謝の想いを送っていた
やがてそんなことはすっかり
忘れた大人になっていた
けれど 何か違う とどこかで思っていた
ひょんなことから写真を撮るようになって
大自然の中に放り込まれた
すっかり忘れ去られていた感覚
が呼びさまされてきた
ひとり静かに自然と向き合うと
深い心の奥底で「カチッ」と
宇宙に繋がる音がした
そして不思議なことがいっぱい起こってきた・・」
この言葉が、なるほどと全く理解できるような
すばらしい写真ばかりでした
いま住んでいる ここ丹波篠山の
自然もすばらしい
ですが、見知らぬ大地の営みを
純粋で素直な写真家の感性を
通して見ることができる
この世界はまた格別なのです
画像を紹介しておきます
研いでいる鉋は「も作」・寸六
鋼は安来鋼・白紙1号と思われます
最初に使っているのは
二つに分けたものを両方試してみました
左が本来の表面で
右が切り分けた内部を
研ぎ面にしたものです
内部を研ぎ面にした右の方が
荒い研ぎ感ですが
研ぎ上がりはほとんど同じです
次に使ったのは粒度約1000番の伊予砥
次に三河中名倉 粒度約1500
そして対馬砥の代替砥石として
手に入れたものを使ってみましたが
これはほとんど鏡面仕上げ用の
仕上砥でした
つぶさに観察してみると
手持ちの大谷山産戸前
浅黄によく似ています
この砥石を手に入れた所によると
産地は日本ではないが
明らかにはできないということでした
動画で最後に使っているのは
京都梅ヶ畑・中山産の戸前
文句なしの仕上砥です
中研ぎの最終段階として使う天然砥石を
今いろいろと試しているのですが
ようやく目的に叶うものと出合えたようです
これまで、粒度#1000程の中砥の後に使う
ものはどうしても2種類使う必要があったのですが
これ1種類で済ますことができそうです
同様の伊予砥はこれまで5本ほど
手に入れてきましたが
なかなか満足できるものに
出会えなかったのです・・
私はできるだけ早く研ぎ上げたいので
研ぎ面の幅は10mm以下にしているのですが
上のもののように5mmほどの研ぎ幅だと
これに反応してくれる目〆系の中砥には
なかなかお目にかかれないのです
鋼は昔の優れた青紙鋼と思われますが
刃先の強靭さは手持ちの鉋の中でトップクラスです
しかも研ぎ易いので、今は仕上げは
この鉋ばかり使っています
この目〆系の伊予砥は
目起こしをすればかなりの研磨力があり
しかも短時間でほぼ研ぎ傷が見えなくなるまで
仕上げることができるのです
これには大変助かります
これは白梅銘の昔の東京鉋・寸八
鋼は甘めの白紙鋼と思われますが
切れ味軽く、驚くほど永切れします
1枚刃の中シコ鉋として重宝しています
昔の東京鉋は鋼が薄いものが多いのですが
これは特に薄くなっており
鎬に見えているところで1mmありません
研ぎ面の幅は8mmほどですが
これでも目〆系の天然中砥には
なかなか反応してくれないのです
目起こしをして精一杯研いで
こんな感じです・・
新作・平家琵琶
「相応」という銘を頂きました
腹板(表板)はタモ材
甲(裏板)は紅花梨材
(マメ科のカリン)
撥面は木曽義仲に
因んだ絵を描きました
と言ってもほとんど私の創作で
木曽で育てられた
駒王丸(義仲の幼名)が
花梨(バラ科のカリン)の実を
もぎ取ろうとしている
ところです
当時(平安時代末)
バラ科の花梨が
日本に入って来ていたのかは
不明ですが・・
絵の奥に描いているのは
木曽山脈で
中央左の山は駒ケ岳です
こういった絵は勢いが
大事なので
下描きなしで一気に
5分くらいで描きました
撥面の素材はこれも木曽義仲に
因んで馬の革を使いました
琵琶を置く台は欅材と
バラ科の花梨材を使いました
この花梨材は琵琶を
注文して下さった方の
思い出が詰まったもの
だということで
私もできるだけ琵琶の
素材として使うことが
できれば、と願いながら
製作していきました
撥面に貼っている月もこの
カリン材を
輪切りにしたものです
鶴首にも使うことができました