2018年10月25日木曜日

ヒッタイトの鋸と鎌


2003年に開催された
トルコ三大文明展の図録を入手
ヒッタイト帝国からの出土品に
青銅製の鋸と鎌に興味を惹かれた
鋸にはアサリも付けられているらしい

こちらは鎌の刃部分

手許にあるインド製の鎌と
形状がよく似ています
興味深いところです・・


これは石製の鋳型
紀元前20世紀~19世紀
とされているので
青銅の剣と思われます

このような剣だったものと思われます
これは紀元前15世紀後半と
されているもの

このような石の鋳型は
福岡県をはじめ
関西各地で発見されているのは
興味深いところです

また、剣の柄の形状が
古代メソポタミヤで出土しているものと
中国や日本で出土しているものに
よく似ているものがある
というのも興味深いところです

これもヒッタイト帝国の
出土品ですが

モヘンジョダロで出土している
この像に雰囲気が似ているのも
興味深く感じます

さて、これもヒッタイトのものですが

日本の皇室の家紋である
16菊花紋と
同様のものが彫り込まれています

このことは日ユ同祖論に
登場する事柄でもありますが
日本の天皇家は古代西アジアと
関係があった、とする説は
自然なのでは、と思わざるを得ない
事柄は多く存在しているのですね・・

それから、大分県に鎮座する
八幡宮の本社
宇佐八幡宮のハチマンの語源は
ヒッタイトにある地名
ハットゥシャであるという
説もあります

それを裏付けるように
宇佐八幡宮のある大分県
国東Kunisaki半島には
紀元前1000年頃と思われる
製鉄跡が発見されているのですが
そのことが都合の悪い
アカデミーによって抹殺されている
と故・鹿島曻氏は指摘されています


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