今日の新聞で中国鏡コレクターの千石唯司氏が
コレクションを兵庫県に寄贈したとあったが
銅鏡に興味を持っている者にとって大変興味が湧く
その記事のなかの千石氏のコメントの
「偽物を買わされた苦い経験もあるが、
眼力を養うにはただ見るよりも
自分で買って悔しい思いをすることが大事」
ということには共感する
このことについては小林秀雄について書いたなかでも
少し触れていますが
ここ数日、世間を賑わせている佐村河内氏の
ゴーストライター事件とも
関係してくることでもあります
この事件についてはインターネット上でも
様々な人たちが意見を述べているようですが
私にしてみると単なる産地偽装事件で
このことによって出来上がっている曲そのものが
変化することはない
つまり、いいものはいいし、いけないものはいけない
この「いい」 「いけない」というのは
当然、その曲を聴いた人の評価であり
その評価が作曲した人物が変わることにによって変わる
というのはなんだかおかしいし、怪しい
私が携わっている楽器、そして木工道具の世界
趣味として足を突っ込んでいる日本刀や骨董の世界では
こうしたことはよくあることなのですが
これらの世界では騙された方が悪い(勉強不足)
ということになっている
キダ・タロー氏は「こんなん見破らなアカン!」と
ご立腹のようですが・・
「美は信用であるか? そうである」
骨董の世界で偽物を何度も掴まされた
小林秀雄の言葉であります・・
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